本に埋もれる。

ヒューストンもグッと冷え込んできました。去年も思いましたが、ヒューストンの「夏」の季節のあとは「冬」なんですよね。いきなりやってくる。それでも今年は、夏の次に偽秋?っぽい爽やかな季節が若干ありました。世の中は、ハロウィーンと大統領選挙の期日前投票の話題でもちきりです。どちらも直接自分には関係ないので静観している感じです。


最近は、友人が持ってきてくれたり、一時帰国の際に購入したり、もともと「つんどく」状態になっていた日本語本を楽しんでいます。歴史物・現代物・童話・マンガ・評論・紀行記などジャンルは様々です。読書は楽し☆☆☆英語本を読んだ方がいいんだろうな〜と思いつつ、やっぱり興味は日本語本に向いちゃいますね。その中でも印象に残ったものを。


グーグーだって猫である1 (角川文庫 お 25-1)

グーグーだって猫である1 (角川文庫 お 25-1)

大島弓子氏、何てなつかしい〜。お名前を拝読しただけで、自分の中高生時代の記憶がよみがえります。少女漫画家の大家「24年組(昭和24年頃の生まれ)」のお一人でいらっしゃいますね。私が夢中になって読んだ「24年組」の皆様、特に贔屓にしていたのは木原敏江氏なのですが、萩尾望都山岸涼子池田理代子竹宮恵子青池保子諸氏、また別系列ですが大和和紀氏などの作品は、今も私の中で色褪せることがありません。あの頃のマンガには知性と教養と作者独特のダイナミックな歴史観・世界観があったように思います。あ、昨今の少女マンガ界をよく知らないので、あくまでも偏った私見ですが。


前置きが長くなりましたが、「グーグーだって猫である」は今年の手塚治虫文化賞短編賞を受賞したと新聞で読み知っていました。夏にこちらに来た友人達がお土産にくださった中の1冊です。ページを繰りながら、「あーサバは死んでしまったのか」とシミジミしました。自分が少女マンガから離れている間に、確実に時は経っていたんだなぁと実感しました。大島さん独特の、フワフワとして柔らかい線と、時に哲学的でストレートで研ぎ澄まされた文章は健在で、深い味わいがありました。以下、抜粋です。

悠久の宇宙時間
から見たら
人生は一泊二日の
小旅行かもしれない
なあ


(中略)


人生の小旅行から
戻りたどりつく先
そこもやはり
懐かしい場所
なのでありましょうか


グーグーだって猫である 2」(角川文庫)57ページより


この作品は映画化されたそうですね。大島ワールドがどんな風に映像化・三次元化されるのか、見てみたくもあり、見るのが怖くもあり、です。