ひとまずのお別れ。

2010年も最後の日となりました。本日をもちまして、一旦本ブログを終えようと思います。アメリカから日本に帰国したらスパッとまとめるつもりが、ダラダラと半年以上たってからの幕引きとなってしまいました。まだ書き足りない気もしますが、どうもきりがないので、この辺で一段落させようと思います。今まで目を留めてくださった皆様、どうもありがとうございました。


このブログは備忘録を兼ねて、アメリカでの生活を書き残しておこうと始めたのですが、コメントをいただいて勇気付けられたり、「書く」という行為そのものに救われることも多く、生活とは切っても切り離せないものとなりました。今の世にインターネットが存在していてくれて、本当に助かりました。日々感じたことをすべて書き起こせるほどまめな性格ではないので、少し時間が経つと忘れてしまい、思いがハラハラとこぼれてしまって、自分自身ふがいなかったりもしましたが、それでも思い出を読み返すことができる文章にすることができて、よかったです。


「たかが3年、されど3年」のアメリカ生活でしたが、今までに考えもしなかかった事態に数多く遭遇しました。渡米して最初の数ヶ月は、いつでもどこでも常に緊張感があり、なかなか心休まることがありませんでした。生活環境の違いであったり、英語の壁であったり、銃社会というものに過剰反応していたり、理由はいくつも挙げられると思います。が、だんだんと生活に慣れていく過程で、肩の力が抜け、周りを見る余裕が出てきました。一時帰国した日本からヒューストンの自宅に戻って、「おー我が家だ」とホッとした時は何となく嬉しく思ったものです。最後まで「異国で生活している」という緊張感は持続しましたが、息苦しさや不安感からは自由になり、ちょっと自分が成長したような気がしました。今、振り返ってみて、とても貴重な3年間だったと感じています。


このブログのタイトル「漕ぎゆくまにまに」についてですが、これは紀貫之の「土左日記」中から拝借しました。「土左日記」は、国司として土佐国に赴任した紀貫之が任地から京へ帰るまでの日々を書いた作品ですが、古今東西を問わず、見知らぬ土地へ赴くことは色々な思いが錯綜するのでしょう。「漕ぎゆくまにまに」という表現は、貫之の乗った船から土佐国や土佐の人々の姿がだんだん見えなくなる時に使われており、4・5年住んだ任地への思慕が伝わってきます。いよいよアメリカに向かう飛行機に乗った時、私はこの「漕ぎゆくまにまに」という言葉に、「どんどん日本が遠くなる」という心細さと新天地への期待を重ね合わせていました。そして、ブログタイトルとしたわけです。


最後に、改めて、ブログを通じて通じ合ってくださった皆様、どうもありがとうございました。また機会がありましたら、何処でお会いできればと思います。


来年が皆様にとって素晴らしい年になりますように。